経験がなくてもわかる田舎暮らし
時代という舞台はつねに変化している。
冷戦が終わり、グローバル化が進むなかで、変化のテンポは一段と速くなった。
あるとき、確かだと考えたシナリオがもろくも崩れる場合がある。
圧倒的だった主役の演技にかげりがみえることがある。
逆に、退場しかけていたはずの老優が表舞台に戻ることもある。
視野の外にあった新人俳優が突然、スターとして登場することもある。
時代は移りやすく、歴史は時に皮肉である。
冷戦が終わったあと、唯一のスーパーパワーとして「米国の時代」が続くと考えた人は多かっただろう。
しかし、冷戦後の急速なグローバル化は、米国一極集中を加速させたわけではなかった。
それどころか、グローバル化は「多極化の時代」をもたらした。
市場統合と通貨統合を軸に、たそがれていた欧州が「大欧州」としてよみがえった。
同時に、中国やインドなどの新興国がめざましい発展を遂げた。
ロシアも資源大国として再登場した。
もっとも、米国の時代にかげりがみえるからといって、次の時代を担える圧倒的な主役がいるわけではない。
いま、まさに「主役なき世界」にあるといえる。
多極化の時代をもたらしたのは、大欧州や中国、インドといった新勢力の台頭だけではない。
米国自身の信認が揺らいだことも大きい。
イラク戦争をめぐる混迷で、米国の威信は傷ついた。
テロとの戦いでは協調した欧州大陸諸国も、イラクをめぐる米国の「単独行動主義」には同調でそれに、米国発のサブプライム危機が重なる。
グローバル金融危機を引き起こした米国の責任は重い。
それは、基軸通貨ドルの信認を揺さぶり、原油、穀物価格の高騰に連鎖している。
対応を誤れば、世界インフレを引き起こし、スタグフレーション(景気停滞下のインフレ)をもたらしかねない。
一九三○年代以来のグローバル金融危機といえる。
グローバル経済の風景は、米国発の連鎖危機のなかで、冷戦後のディスインフレからインフレしている。
冷戦後の「米国一極集中」から「主役軽き世界」に変わった。
歴史の歯車が新たな回転をみせるなかで、日本はなお、さまよい続けている。
もっとも、ローバル社会が急展開するなかで、米国の位置は「絶対的な存在」から「相対的な存在」へと移った。
グローバル社会のパワーの源泉は何かを考えたことだ。
H大教授のいう「ソフトパワー」がグローバル社会で影響力を高めていることは間違いない。
この点で、成長力の高い中国、インド、ロシアといった新興勢力よりも大欧州の影響力の方が大きいとみる。
ここは、多極化の時代を論ずる多くの識者とやや異なるところだろう。
地球温暖化防止、会計基準など「ユーロ・スタンダード」がグローバル社会を主導しているのをみれば、大欧州の影響力がいかに大きいかがわかる。
第三に、経済記者を超えて、連鎖するグローバル危機に目を向けた。
地球環境危機、食糧危機、核拡散の危機など、グローバル危機は広がるばかりだ。
そこに照準を合わせたのは、冷戦末期の取材経験も影響している。
を映し出す。
九○年代のデフレと金融危機による「失われた時代」からはようやく抜け出したかにみえるが、グローバル社会の変革に比べて、変化のスピードは格段に遅い。
「主役なき世界」にあっても、日本の地盤沈下は進んでいるといわざるをえない。
国際通貨・金融など経済記者の目でグローバル社会をみつめた。
ドルの信認低下とユーロの台頭を大きな潮流と位置づけた。
基軸通貨をめぐる通貨の攻防こそが多極化時代本書は、日本経済新聞の月曜日朝刊のコラム「核心」を中心にし、一部「中外時評」を加えて構成した。
最も変化が激しかった「ポスト冷戦後」の数年間の署名コラムを主体としている。
グローバル化のなかで鮮明になる「主役なき世界」を描き、低下するばかりの日本の座標を示す。
主役不在が国際協調の不在につながれば、拡散するグローバル危機が増幅されると警告する。
最大の焦点であるサブプライム危機の本質を分析するとともに、対応策を十分かと問いかける。
九○年代の日本の金融危機の苦い教訓を生かし、公的資金注入を急げと提案する。
戦後最悪のグローバル金融危機は、ドルの信認低下につながり、H特派員(一九八三〜八五年)として、欧州統合だけでなく北大西洋条約機構(NATO)や米ソ核軍縮交渉を取材できたのは、いまに生きている。
ニューヨーク支局長(八五〜八七年)として、ウォール街取材に加えて国連取材を任されたのも大いに役立った。
人使いの荒い新聞社に、いまとなっては感謝している。
そして第四に、世界のなかで日本を考えた。
国際的に評判のいいK・T改革にも厳しい視線を向けた。
冷戦後のグローバルな改革大競争のなかでは「緩やかな改革」にすぎないと考えたからだ。
まして、K以後の改革路線が揺らいでいるのは大きな問題だ。
政治の混迷のなかで、改革路線が後退すれば、日本の衰退は避けられない。
油、穀物価格高騰に連鎖する。
金融危機が世界をどう変えるかを示す。
六○年代に続いて米国経済の黄金時代を築いたG米連邦準備理事会(FRB)議長の時代を、その人となりも交えて分析する。
日米欧ともマクロ政策のなかで金融政策の役割が高まる一方で、巨匠のアートに頼るのには危険もつきまとう。
G後、通貨の守護神たちに試練のときが続く。
イラク戦争による混迷とドルの信認低下で「強い米国」が揺らぐ姿を描く。
ユーロの登場がそれに拍車をかける。
多極化の時代に米国はどこへ向かうのか。
「市場の自由」と「政府の役割」の間で経済思想も揺れている。
K改革からF経済政策に至る日本の改革の遅れを指摘し、さまよう日本に藤鐘を鳴らす。
K・T改革も「漸進主義」と位置づけ、徹底した改革を呼びかける。
グローバル競争をみれば、改革を後退させるのではなく、改革加速こそ重要だと訴える。
基軸通貨ドルに対抗するユーロがいかに国際通貨としての位置を高めたかを示す。
ユーロ創設は、欧州統合の土台にある平和の思想に基づく。
ユーロの信認は、通貨への信認にとどまらず、大欧州への信認である。
「超ソフトパワー」としての大欧州の吸引力を分析する。
中国、インドの急成長でアジアの時代が到来したとされるなかで、大欧州にどう学ぶかを問題提起する。
事実上の経済圏を制度化し、東アジア経済統合をめざすことは、この地域の発展と安定のカギを握る。
文化も経済発展段階も違うアジアが欧州連合(EU)流の統合をそのまま導入するわけにはいかないが、学ぶべきは、偏狭なナショナリズムを排し、平和への意思を共有することだ。
地球温暖化の危礎核拡散の危機など様々なグローバル危機に日本がどう臨むべきかを提案する。
「内向き日本」の汚名を返上し、グローバル危機の克服に積極的役割を担うことこそ日本の使命だと説く。
二○○八年一月末、世界経済フォーラムのダボス会議に参加して感じるのは、「主役なき世界」の時代を迎えたという点だった。
世界中から例年以上に多くの指導者や経済人が集まったが、だれひとり、主役にはなれなかった。
イラク戦争で傷ついた米国の信認は、サブプライム危機で一層傷んだ。
地球温暖化防止を先導する欧州の指導者はさっそうとしていたが、名脇役に甘んじている。
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